いろどりぷらす

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「犬」とは何か、考えたことありますか?―『伝染するんです』吉田戦車

 

本のいいとこおすそわけ。

どうも、いろぷらです。


これはすごいです。『伝染するんです』は最近読んだマンガの中で1番。だけど、人を選ぶ作品。

 

 
4コママンガでこれだけ考えさせられる作品があるのか、と驚いた。僕がこれまで読んできた4コママンガはどれも軽いタッチで、何も考えずに笑えるというのが魅力だった。けれども、本作は違う。登場人物が発している言葉の1つ1つが何を意味しているのか考えなければ楽しめない。みんな哲学的な問いを投げかけてくるのだ。


だから、時間や体力的に余裕がある時に読むのがおすすめ。ちょっと疲れていると読むのがしんどいかもしれない。

 


「犬」とはなんなのか。


未熟ながら、考えたことを書こうと思います。哲学を学んでいるわけではないので、言葉が足りないところもあるかもしれません。


まずは1つ引用。

 

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この作品を読んで、何を考えましたか?

 

初めて読むと、この作品のおもしろさは精神を患っている女性がペットショップに来て、わけのわからないことを言って店員を困らせるところにあるよう に見える。しかし、もしそのようなおもしろさを演出するのであれば、しぐさが変であるとか、この女性はもう少し不自然な動きをしているべきだ。なのにい たって普通に真面目な顔をしている。ということは、女性のわけのわからなさを楽しむマンガではないということだ。

 

この女性は「犬」がほし いと言う。ペットショップの店員の対応はまちがっているだろうか。「犬ください。」と言われたら、どんな犬がほしいか聞き返すのは不思議なことではない。 というより、あたりまえだ。「マンガがほしい」と言われても、求めている対象を絞り込むためにどんなマンガを読みたいのか聞き返すだろう。


店 員として常識的な対応をしているのに、「そういうのじゃなくて 犬が欲しいんです」と言われて戸惑う。相手が何を言っているのか理解できないのと同時に、自分が思い描いている「犬」という言葉はもしかしたら世の中で広 まっている意味とちがうのかもしれないと、店員は揺れているのだ。

 

ことばは生得的に獲得しているものではなく、後天的に習得するもの。誰だって親としゃべったり、友だちと会話をするうちに少しずつことばを習得していく。外にあることばを吸収する。


だから、自分が使うことばはほぼ他人のことばであると言える。母親としゃべった内容、昨日の友だちとの会話、さっき読んだ本の文章がいまの僕のことばをつくっている。ということは、育ってきた環境によって得られることばが違うはずだ。

 

だから「もしかしたら自分が使っていることばは間違っているのかもしれない」という疑いを自分にかけてしまうのだ。自分が学んだ「犬」は世の中でいう「犬」と食い違っているのかもしれない、と。


もし「犬」ということばが生得的に決定された確固たる意味を持っているのだとしたら女性が言っている「犬」と店員が思い浮かべている「犬」が全くの等価であるため、コミュニケーションに齟齬は生まれない。


このマンガにあるようなコミュニケーションの齟齬は実はあらゆるところで起こっている。たとえば、「メディア」ということば。人によっては新聞やテレビのように、ニュースのような情報を仲介するものとして「メディア」を捉えている人がいる。


より広義な意味で使う人もいる。電車はその色や形から製作者の意図や想いが感じられる。だから情報を仲介しているという意味で、電車は「メディア」であると言うような人もいるかもしれない。この定義付けがちがう2人があたりまえのように「メディア」ということばを使うと、全く話が通じない。


このようにことばは意味の幅がある上に、後天的に習得するものであるためにコミュニケーションに齟齬が生まれることがある。

 

 

女性が言っている「犬」はなんなのか。


スイスの言語学者フェルディナン・ド・ソシュール(Ferdinand de Saussure1857〜1913)によると、「ことばとは、『ものの名前』ではない」という。

 

名付けられる前から「もの」はあるのか

伝統的な言語観によると、ことばは「ものの名前」。まず「もの」があって、それに人間が勝手に後から名前をつけるのが言葉の役割であるというのがかつてのことばに対する考え方だった。細長く前後にしか動かない四肢を持ち、口には上下一対の大きく鋭い歯を持つ動物には「犬」と名付けよう、というように。

 

この考え方の裏には、名前を持たない「もの」が存在するという前提がある。しかし、ソシュールは名前を持たない「もの」は存在しないと考えた。ソシュールの羊の例を見てみましょう。

 

「フランス語の『羊』(mouton)は英語の『羊』(sheep)と語義はだいたい同じである。しかしこの語の持っている意味の幅は違う。理由の1つは、調理して食卓に供された羊肉のことを英語では『羊肉』(mutton)と言ってsheepとは言わないからである。

 

sheepとmoutonは意味の幅が違う。それはsheepにはmuttonという第二の項が隣接しているが、moutonにはそれがない、ということに由来する。(略)もし語というものがあらかじめ与えられた概念を表象するものであるならば、ある国語に存在する単語は、別の国語のうちに、それとまったく意味を同じくする対応物を見出すはずである。

 

しかし現実はそうではない。(略)あらゆる場合において、私たちが見出すのは、概念はあらかじめ与えられているものではなく、語の意味の厚みは言語システムごとに違うという事実である。(略)概念は示唆的である。つまり概念はそれが実定的に含む内容によってではなく、システム内の他の項との関係によって欠性的に定義されるのである。より厳密に言えば、ある概念の特性とは、『他の概念ではない』ということに他ならないのである。」*1

 

「言語活動とは「すでに文節されたもの」に名を与えるのではなく、満点の星を星座に分かつように、非定型的で星雲状の世界に切り分ける作業そのものなのです。ある観念があらかじめ存在し、それに名前がつくのではなく、名前がつくことで、ある観念が私たちの思考の中に存在するようになるのです。」*2


僕は星に詳しくないので、どの星の集まりがサソリなのか、水瓶なのか、見分けることができない。けれども星に精通した人であれば、知識のない人には見えない集まりが見えるはず。ことばもそのようなものだと言っている。

 

つまり、ことばの意味は相対的に決まるものだ。「犬」は「猫」でも、「うさぎ」でも、「電車」でもない、「犬」以外のものではない、ということを表しているにすぎない。

 

こんなことを考えるのが好きな人は『伝染するんです』を絶対に読んだ方がいいです。

 

伝染(うつ)るんです。 (1) (小学館文庫)

伝染(うつ)るんです。 (1) (小学館文庫)

 

※参考文献

 

 

『伝染するんです』が好きならこちらはいかがでしょう。

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*1:『一般言語学講義』

*2:『寝ながら学べる構造主義内田樹