コンテンツは表現で差別化するしかない −『コンテンツの秘密』川上量生
本のいいとこおすそわけ。
すでに読んだ方も多いと思うのですが、とてもおもしろい本に出会いました。ドワンゴの川上会長の本は数冊読んだのですが、中でも本書『コンテンツの秘密ー僕がジブリで考えたこと』が1番刺さったのでご紹介します。
本書のテーマはタイトルの通り「コンテンツ」です。川上さんはドワンゴの会長でありながら、スタジオジブリに弟子入りするという謎の立場を経験されています。映画監督の宮﨑駿さんやジブリ代表の鈴木敏夫とやりとりをしていく中で考えた「コンテンツ」の話がとておもしろいです。
宮﨑駿は気持ちいい絵を描く天才
「宮さんは見ていて気持ちいい絵を描く天才だ」と鈴木さんは言います。誇張としておおげさに描いているのではなく、脳にとってはむしろ自然な大きさで描いているのだと言うのです。だから見ていて気持ちいい
人間の主観では、注目しているものがもともと大きく見えているのです。好きなものが目に入ると注目するのは当たり前で、そうすると注目しているものが大きく見えるのは人間の視覚構造からも当たり前ということになるのです
実写で飛んでいる本物の飛行機を見るよりも、宮崎駿監督が描く飛行機のほうが鮮明な印象を観客に与えたりする。こういうことが起きるのは、宮崎駿監督が脳が認識するときのより純粋な飛行機そのままを描いているのに対して、実写だと他にもいろいろなものが写り込んでいて、そのようなノイズを削ぎ落とすと、実は貧弱な飛行機しか人間の脳には見えていないということでしょう
宮崎駿監督の作品が情報量が多いというのは、脳が認識しやすい情報量が多いというふうに解釈できるでしょう
アニメというのは、もともと誇張して描きがちです。宮崎駿さんの描く絵も現実にはありえない構図になっていたりするのですが、見てみると違和感を感じるどころかむしろ気持ちいい。ジブリの映画を見ていると強く引き込まれていく感覚を味わうことが多い。おそらくこうした脳が認識しやすい情報量が多いからなのでしょう。
「いい」コンテンツとはなにか
ぼくたちはよく物事の本質とはなにかと問いますが、物事を記号化して少ない情報量で表現したものがその正体でしょう。なぜ本質が必要かというと、脳は単純な情報しか扱えないからだと思います
人間とは、「分かりやすい」ものが「いい」コンテンツだと思うのではないでしょうか
おそらく人間の脳には、対象物の法則性を認識し、複雑なものを簡単な要素に分解できたときにうれしくなる回路が存在していて、それがコンテンツを「いい」と思ったり「美しい」と思ったりする根源なのではないでしょう
いろんな本やブログを読んでいて、おもしろいと感じるものは複雑なものをわかりやすい形に変換しているものが多いです。たとえば、たくさんの方に読まれているちきりんさんのブログ。Chikirinの日記
あの方の記事に魅力を感じる人が多いのは、社会の複雑な状況を自分なりのフレームワークを用いて簡潔に説明できているからだと思います。実際に読んでいると、文章が美しいというよりは、これまで漠然と感じていた何かが明確な形を持ち始めて気持ちいい、という印象が強い。身近にある漠然とした疑問を鮮やかにわかりやすい形に変換できているところに魅力を感じている人が多いのではないでしょうか。
コンテンツは結局表現で差別化するしかない
映画をつくるとき、何をいちばん重視するかは人によって違います。鈴木敏夫プロデューサーは、よく会話のなかで「ストーリーか表現か」とひとりごとのように言うことがあります。 「すべての大監督は最終的に表現に行った」というのは、鈴木さんがよく使う言い回しです。
「本当に凄い映画を見たときは、観客はストーリーなんて気にしない」とも言います。よく、ストーリーのつじつまが合ってないことにケチをつける人がいるけど、問題なのはつじつまが合ってないことではなく、映画がおもしろくなかったことなんだそうです。だからこそ、つじつまが合わないことが気になる。そう鈴木さんは断言しました。
ストーリーか表現かで、なぜクリエイターは表現にこだわるようになるのか、その理由は、ストーリーは表現に比べてパターン化されやすく、かつパターンの数が少ないからだとぼくは思います
自分でブログを書くようになって、いろんな人のブログを読んでいると「結局書いてること一緒じゃん」だとか「書こうとしたネタをすでに記事にしている人がいるな〜」という状況によく出会います。本書の指摘の通り、ストーリー(ブログにおいてはネタ)は表現に比べてパターンが少ない。だからストーリーがかぶるというのは当たり前なのです。
そんな中で多くの人に認められるコンテンツというのは、ブランドがきちんとつくれているものだと思います。このブランドという言葉も定義が難しいのですが、適切な引用をはさみながら納得できるようなコメントをしている記事と、ただ単に「◯◯がヤバすぎる!」という安易な表現でうめつくされている記事では、読者が感じる印象は全く違います。(どちらがいいかという話ではなく、扱う内容によって向き不向きがあるということです)
文体、フォント、画像などその人なりのブランドを形づくるいろいろな表現をすべて含めて読者に「また読みたい」だとか「なんか気持ちいい」という印象を持ってもらえるものが多くの人に認めてもらえるいいコンテンツなのだと思います。
だいぶ長くなってしまいましたが、まだまだ紹介し足りないぐらいです。ブログをやっている方や、何か物をつくっている方は必読です。700円は安すぎます。
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