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ふつうの生活に彩りをプラス!おもしろいコンテンツを紹介したり、考えたことを書きます。

「正しい」ことを主張する時は子どもを使え

ふらっと駅の近くを歩いていると、募金を呼びかけている子どもたちの姿を目にすることがあります。

 

「東北大震災の復興支援にご協力ください!」
「盲導犬の育成にご協力ください!」

 

と、そのときどきによって呼びかけている内容は異なります。こうした募金の呼びかけ内容はたいてい世の中的に良いことばかりなので、この内容に反論を唱える人はあまりいないはずです。

 

誰だって程度の差はあれど、「東北の復興支援をしたい」という想いを持っていたり、「盲導犬を必要な方に届けたい」と思っているでしょう。取り上げたいのは、この呼びかけている内容ではなく、誰がそれを言っているかというところです。

 

大人が募金のために道端に立っている場合と比較すると、子どもが道端で叫んでいる方が、「困っている人のためになるなら、喜んで募金をしたい」と感じる人は多いのではないでしょうか。なぜ同じことを言っていても、年齢に影響されてしまうのでしょう。

 

似たような事例が他にあります。とある小学校に面した道を歩いていると、その小学校の生徒が描いたであろう、「ゴミのポイ捨てはやめよう」という啓発用のポスターがありました。よく見かける光景ですよね。

 

絵はつたないながらも、しっかりと力強いメッセージが描かれています。 歩きながら眺めていると、下手な大人が作ったポスターなんかよりも、よっぽど啓発の効果がありそうだなと思いました。かっちりラミレートされた、きれいなデザインのポスターより言葉が迫ってくるのです。言葉や主張内容はそれほど考えぬかれたものではなくても、「あの学校の子が頑張って描いたのかな」と想像するだけでなんとなく受け入れられてしまいます。

 

子どもの主張に対して、こうした受け入れ方をする人は多い。論理的に説得される場合に比べて、騙されて金が取られるというような心配が少ないから、変に疑う必要はないと思ってしまうのでしょう。主張内容は論理的ではなくても、「頑張ってる子どもの言っていることだから」と受け入れてしまいます。

 

上の2つの例から見えてくるのは、いわゆる「正しい」ことを訴えかける場合は、大人の論理的な言葉よりも子どものまっすぐな声の方が市場での競争力が高いということです。大人の言葉よりも無視される可能性が少ないんです。特定の団体を批判する意図はないので具体名は上げませんが、有名なNPO、NGOなんかはこの影響力の差をうまく利用していますね。

 

「正しい」ことを主張している制作物に使われているのが誰なのか注目してみると面白いですよ。

 

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