いろどりぷらす

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ふつうの生活に彩りをプラス!おもしろいコンテンツを紹介したり、考えたことを書きます。

“もう見ていられない”という感覚

恥ずかしながら映画にはほとんど触れてこなかったが、この頃「名作だ」と言われている映画をたくさん見ている。テレビのCMで流れている「全米が泣いた」と涙の総量を測りたくなるような類の映画しか知らなかったけれど、映画も掘っていくとおもしろいものですね。
 
昨日はのんびり起床してから『ゴッドファーザーⅠ』と『誰も知らない』を見た。『ゴッドファーザー』は類まれなる名作だと言われているけれど、いまいち刺さらない。おそらく「反発するものは皆殺す」「ここは俺の土地だ」みたいな組合意識や領土の感覚になじめないからかもしれない。
 
一方、是枝監督の『誰も知らない』はかなりのヒット。実際にあった事件(巣鴨子供置き去り事件)を下敷きに描いていることや、子役に台本を与えずできるだけ普段の姿を撮影することで「これが本当にあったんだ」というメッセージがありありと迫ってくる。
 
人の首がナイフで裂かれたり、四肢を切断したり、肉を剥いで燃やしたりといった、いわゆる残虐な描写には慣れてしまって、それを見ながら平気で食事もできるようになったが、一桁の年齢の子供たちが毎日カップラーメンを食べ、コンビニで廃棄物を恵んでもらったり、公園で歯磨きなんかをしている姿は思わず早送りをしたくなった。じっと見ていられないのだ。
 
この“もう見ていられない”という目をそむけたくなる感覚は自分にとって衝撃的かどうかを測る1つの指標なのだと気がついた。グロテスクな描写ははじめのうちは衝撃的で印象に残るが、たくさんの作品に触れているうちに慣れてしまって、ああまたこれね、と何も刺激を受けなくなってくる。“おもしろい”作品には当然いろいろな指標があるけれど、『誰も知らない』の“もう見ていられない”具合は相当なものでしたよ。ほんとに。
 
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