人はよくわからないものを恐れる。『座敷女』ー望月峯太郎
本のいいとこおすそわけ、記念すべき第一弾!
(初めましての方は以下を参照してください。)
ホラーマンガ界隈では有名な『座敷女』を読みました。僕はあまりホラーが得意ではありませんが、友人のおすすめということで読んでしまいました。
ホラーにはいろいろなタイプがあります。『呪怨』、『着信アリ』などはビジュアルや音など映像として怖かったような気がします。だいぶ昔のFlash作品「赤い部屋」はびっくり系ですね。小学生の僕にとってはとても怖かったです。家のパソコンで見て、最後の画像が閉じられなくて泣く泣く親を頼ったのが懐かしいです。ではこの『座敷女』はどうなのかというと、絵はもちろん迫力があるのですが、このマンガは ”よくわからない ”のが怖いです。
文章の書き方の本を読むと、「自分にしか書けないことを、誰にでもわかるように書くのが秘訣だ」というように書かれていたりします。
読者のわかる度合いを段階分けすると、
全くわからない
ほとんどわからない
あまりわからない
ちょっとわからない
まぁわかる
だいたいわかる
ほとんどわかる
すべてわかる
おおよそこのようになります。
実用書のような文章を書く場合、「だいたいわかる」より下が望ましいですよね。ホラー作品の場合は「まぁわかる」より上の段階の方が怖くなります。誰に襲われていて、その理由までも知っていたら、ホラーとしての怖さはなくなってしまいます。僕の基準でいうとこの作品は「あまりわからない」です。あえて書ききっていない部分が残っているので、解釈の余地があり何度も読みたくなります。
そのような意味で『座敷女』は都市伝説のような作品だと思います。都市伝説は何がほんとのことで、何がうそなのかわからないからこそ、「うそでしょー!」「いや、ほんとだって!」というやりとりが楽しいものです。「どこがほんとうなのかよくわからないんだけどさ、」と誰かに話したくなる作品です。