アウトプットの雨に打たれろ『浦沢直樹展』
本題の前にちょっとマジメなことから入ります。
プロと素人の差は以前として残っている
インターネットで自由に作品を発表できるようになって、プロと素人の差について語られるとこが多くなりました。黎明期には両者の差がなくなってプロが食えなくなる、なんて声も聞いたけれどどうだろう。僕が見る限り、プロは以前としてプロでいるし素人は以前として素人のまま。
この2つを分かつのはなんだろうか。自分の中でひとつとても大きな要素としてあると思っているのが「覚悟」があるかということです。
アーティストは、社会のヒエラルキーの中では最下層に位置する存在である。その自覚がなければ、この世界ではやっていけない
この業界では、二十四時間寝られないといった状況は苦しみのうちにも入りません。(『想像力なき日本』)
なんてことカイカイキキの村上隆さんは言っているわけですが、やっぱり人に認められるようなものを創造する立場にいるプロはこれぐらいの覚悟がなければやっていけないのでしょう。文章を読むのも書くのも比較的好きな僕は小さくプロを望みつつも素人の座に甘んじています。
そんな僕が思わず感化されてしまった展示会があります。観覧後には「自分もすぐに書かなければならない。書き続けなければならない」と焦りました。
『浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる』に行ってきた
その展示会というのは2016年1月16日から開催されている『浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる』です。
この展示会はタイトルの通り、浦沢直樹さんが描いて描いて描きまくってきたインクの軌跡が見られるようになっています。会場内が写真禁止だったのがおしい。(一部撮影ポイントあり)ほんとに圧倒されました。
浦沢さんはこの展示会についてこのように語っています。
漫画っていうのは、本来どのくらいの大きさの原稿に、どのくらいの密度で描かれ、みなさんがよんでいる単行本は、実はこれだけの物量の原稿でできているんだよっていうことを見せたいんです。体感として味わってもらって、漫画のすごみを感じてほしい (『漫画BRUTUS』)
展示内容は大きくわけて2つの軌跡が感じられる構成になっています。
1. マンガが出版されるまでの軌跡
ひとつはマンガが出版されるまでの軌跡。会場に入場するとまず展示されているのは『BILLY BAT』の1話の原画。続いて壁に貼られていたのは、現在出版されている人気作品5作品程度の単行本1冊分の原画たち。ずらーっと並んだ紙の列は圧巻です。
浦沢さんが描いている紙のサイズはB4。読者が読んでいる単行本はその4分の1なので、この大きさの差にも圧倒されます。
加えて印刷用にスキャンすると消えてしまうホワイト(修正液)の跡や薄いペンで書かれたアシスタントへ指示なんかも詳細に見て取れます。5秒で通りすぎてしまう1ページにマンガ家の方々はこんなにも労力を割いているか。もっときちんと見ないとダメだと反省しました。
(展示会内唯一の撮影スポット)
2. マンガ家・浦沢直樹の軌跡
もうひとつの軌跡は、浦沢さんがいまの地位を確立するまでの軌跡です。単行本の展示の後に飾られているのは、幼少期に浦沢さんが描いたマンガの数々。
小学校のときに描いたという『トップ』というマンガはすでに絵が下手な僕の画力を圧倒していたし、高校で芥川龍之介の『羅生門』や星新一の『来訪者』をマンガ化しています。『巨人の星』のような絵のマンガを描いていたり、鳥山明さんのような絵、「サイボーグ009」のようなマンガ、と有名どころの絵を真似してひたすらに描いていた様子も伺えます。
また、思わず笑ってしまった展示もありました。小学校入学時に描いた絵に添えられた説明には「みんなのレベルに合わせて下手に描いた」とか、「先生に絶対無理と言われたから意地でも木の絵本を作った」少しひねくれていたんですかね。
振り返ってみると展示会全体を通して訴えかけられたのは、圧倒的なアウトプットの量。
デビューから33年間、一度も連載を休んでいない。休んでしまったら、この大変な毎日に、二度と戻りたくなくなるから (『美術手帖』2016年2月)
と語る浦沢さんのアウトプットへの執着心が体感できます。何かしらつくることに興味があるのなら、この展示会に行って圧倒的なアウトプットの雨に打たれた方がいい。その日から行動が変わってしまうから。