なぜ無料でこれほど本の中身を読ませているのか。ー『ぼくらの仮説が世界をつくる』佐渡島庸平
とてもおもしろい本を読みました。
『ぼくらの仮説が世界をつくる』
著者の佐渡島さんはいまをときめく編集者です。中学時代を南アフリカで過ごし東京大学を卒業。講談社に入社し、『バガボンド』や『ドラゴン桜』『宇宙兄弟』など超有名作品の編集に携わります。2012年には講談社を退社し、作家エージェント会社の『コルク』を創業しています。
経歴だけでもだいぶおもしろいのですが、やはり彼の言葉には興味をひかれます。
検索が当たり前の時代で特殊に見える考え方
食事をする前には必ず食べログで検索をしたり、世界で起きている事件の解説を毎朝スマホで確認するのが当たり前。考える前にとりあえず検索するという人が多いのでは?検索結果を知って満足してしまう経験はよくあります。そんないまでは彼の習慣というか、考え方はとても特殊に見えます。
著書のタイトルにあるように佐渡島さんは「仮説を立てる」ということを常に念頭に置いているといいます。たとえば、本書ではこんな仮説が紹介されています。
SNSでつながっているのは、知り合いや興味のある人たちです。親近感のある人たちとも言えます。身近な人が発信するから、ぜんぜん知らないプロの文章よりも「おもしろい」と感じるのです。 おもしろさというのは〈親近感×質の絶対値〉の「面積」だったのです。
食事も、読書も、映画も同じことが言えます。「なんとなく」のファンによって、支えられてきたのです。家では「なんとなく」の時間をテレビが独占していて、それ以外の時間をさまざまな業態で奪い合っていたわけです。
しかし最近では、家にいるときも、外にいるときも、すべての「なんとなく」をスマートフォンが奪っていきます。世の中にある95%の「なんとなく」がスマートフォンに集中してしまっている。これは、恐るべきことです。
しかも、インターネットの中には、無料コンテンツがたくさんあります。「なんでもいい」95%の人は、この無料コンテンツだけで満足してしまう。この現象は、出版業界だけではなく、「なんとなく」を奪い合っていたすべての業界の危機なのです。
とても納得感のある意見です。こういう仮説を聞くのは楽しいものです。これまで自分が見ていた景色が、ある仮説によって全く別の景色に見えるというのは仮説の1つの効用でしょう。
他人の仮説を吸収するだけでは意味がない
ただ、気をつけなければならないことがあります。読書が好きな人は忘れがちですが、こういった納得感のある意見はあくまですべてが仮説です。仮説に対してTwitter上で「確かに」という思わせぶりなコメントをしているだけでは、結局なんにも変わりません。
単に誰かの下について、常に指示されて生きていく人生を望むのであればそれでもよいですが、少しでも新しいこと、目立ったことをしようとしたら、他人の仮説を吸収するだけでは意味がない。他人の仮説を受けて、自分でも仮説を立てる習慣をつくるべきです。
そのために必要なのは、必ずしも仮説までいかずとも気づきや疑問を細かく感じ、記憶ないし記録しておくことです。本書のある部分を読んでいて、僕はある気づきに出会いました。
この本はなんでこんな表紙なの?
まずこの本の存在を知ったときに目に入ったのが、表紙。もう一度載せましょう。
何を感じましたか?僕の仮説を紹介する前に、佐渡島さんが考える「編集者の役割」についてご紹介しましょう。
ぼくは、インターネット時代こそ、編集者が必要だと考えています。 ぼくが言う「編集者」とは、ただ作家から原稿をもらってそれを印刷所に渡すだけの狭い意味での編集者のことを指してはいません。 本来、編集者というのは、そのコンテンツをいかにして読者に届けるかを徹底して考え実行するプロデューサーであるべきです。
ここで言及しているように、佐渡島さんは本の内容だけに関わるのではなく、その本がどうやって読者のもとに届くのかというところまで気を使っているようです。
僕がなるほどな、と思ったのはこの部分に関連することで、本書に関しても届け方について考えぬかれている様子が感じられました。電子書籍として手にとられることを重要視して、このような表紙にしたはずです。
書店で本を目にするときには、書店員が作ったポップや、有名人がコメントをしている帯なんかが販売促進の材料として機能しています。しかし電子書籍として売られるときには、帯に載っているコメント的な情報を目にすることはほとんどありません。
このような状態になってしまっているのは、たいていの本は紙の本として売られることしか考えられていないせいでしょう。その点、本書においては糸井重里さんからの「これは、ここからを生きる人の『ぼうけんの書』だ。」というとても興味をひくコメントが記載されています。どうやって販売されるか、それぞれの場合どんな見え方なのかということをきちんと考慮してつくられていることがわかります。
この本、タダで中身読めすぎじゃない?
もうひとつ、彼の編集者としてのこだわりが感じられたのは中身の露出についてです。基本的に本は買わなければ中を十分に読むことができませんが、本書はかなりの部分を無料で読むことができます。
ひとつはこの特設サイト。
ひとつは『NewsPics』。
通常の本に比べて、かなりエッセンスが無料で読めてしまいます。でもそれでいい。これまでは基本的にコンテンツの課金ポイントは対象の所有権が自分のものになるときでした。
本を買うときにはその本の所有権が自分のものになるときにお金を支払うし、DVDだってそうです。でもいまは『SmartNews』や『LINE NEWS』、『Youtube』や『ニコニコ動画』があります。お金を払わなくても、十分に楽しめてしまうのです。
無料で触れられる情報が圧倒的に増えている現在でもコンテンツにお金を払ってもらうには、所有権が移る瞬間が課金ポイントだと、「だったら質が低くても無料でいいや」と人は離れてしまいます。
だから本の内容をネット上で公開し、その内容に共感してもらった人に買ってもらうという仕組みが効果的になってきます。全く編集の手が入っていないネット上の情報よりは本の内容は平均して質は高いし、共感してから買ってもらえばそもそも好感を抱いている人ばかりなので「騙された!だからレビューは☆1にします」みたいなことも避けられます。
こういった一連の手法から、どうすれば読者に本を届けることができるのかということについて考え、実行している様子が伺えます。
メディアや編集に興味がある人は、こういった本の届け方を含めて必読の書ですね。
関連記事
◯ニュースメディアに追い風。速報に強い仕組み「LINEアカウントメディアプラットフォーム」登場
◯前半=ウハウハ、後半=鬱、最後=… ライトノベルという名のヘビーノベル『絶深海のソラリス』
◯コンテンツは表現で差別化するしかない −『コンテンツの秘密』川上量生